アリシアが家政婦としてスティーブンの家に来るようになってから、街中でも彼女に会うことが出てきた。
「あ、スティーブンさん、こんにちは!」
外で会う彼女は、仕事中はひとまとめにしている髪を下ろしたり、編んだりして、程よく流行りを取り入れた服装をしている。
やはり、ただの[[rb:人間 > ヒューマー]]の女性にしか見えない。
こちらに気づくと、毎度明るく挨拶をして、軽く世間話をしてまた別れる。
そんな他愛のない遭遇が――加速度的に、増えていった。
増えすぎだ。
――今週だけですでに5回だぞ⁉ 加減ってものを知らないのか⁉
お互い、不規則な仕事をしていることを考えると、なおさら不自然だ。
単純接触を増やすのは、ハニートラップの基本。
とはいえこれは、もはやストーカーである。
しかし、ストーカーであるはずはない。
人間の尾行なら、スティーブンが見破れないわけがないのだ。
ヴェデッドを巻き込むための狡猾な設定と近づき方。
ストーキングを気取らせない頻繁な接触。
それなのに、ヘルサレムズ・ロットを生き抜けるとは思えない、あまりにも警戒心の低い天真爛漫さ。
――一体、どうなっているんだ……?
正直、混乱してきていた。
「旦那様、どうされました?」
思わず長い長いため息をついたのを聞いて、ヴェデッドが顔を上げる。
今日は、ヴェデッドが担当の日だ。
「いや、ちょっと仕事が忙しくてね」
「あら。それなら今夜は、何か栄養のつくものを用意しておきましょうか」
「ありがとう、助かるよ」
ヴェデッドとのやり取りに、心の底から安堵する。
しかし、安堵してばかりもいられない。
アリシアの尻尾がつかめない以上、ヴェデッドからも情報を得ていかなければいけないのだ。
「ヴェデッドこそ、子どもたちの看病お疲れさま。
けっこう頻繁に体調崩しているようだけれど、大丈夫?」
「ありがとうございます。
でも、うちの子たちは元々体調崩しやすいので、これでもいつも通りなんですよ」
ヴェデッドが苦笑いする。
「へえ、初耳だ。アリシアが入るまでは、どうしていたんだい?」
少し突っ込んだ質問をすると、意外な答えが返ってきた。
「アリシアがみてくれていたのですよ」
「アリシアが?」
「ええ。うちの子たち、なかなか保育園に慣れない時期もありましたし、人間にいじめられてもめたこともありましてね。
でもそんなときも、アリシアがお世話をしてくれたり、間に立ってくれたりしたおかげで、我が家はこの街に馴染めたんです。
アリシアがいてくれなければ、この仕事を続けてこられませんでしたわ」
(へえ、あのアリシアが……)
人が好いだけに見える娘だが、意外と気骨があるのかもしれない。
(って、いやいや。素直に感心してどうする)
しかし、ヴェデッドの話が本当だとすると、自分は読み違えをしていたことになる。
子持ち家庭の事情は、自分には計り知れない分野なのかもしれない。
「それなら、今まで随分無理させてきたんじゃないかい?
気づかなかったとはいえ、すまなかったね」
「いいえ、これはわたしのわがままなんです」
「?」
「わたしたち異界人の就ける仕事が限られるこの街で、旦那様ほど異界人の家政婦に優しくて理解ある方の担当になれることは、まずありません。
周りを頼り、多少の無理をしてでも、旦那様との契約を切りたくなかった。
主人にも、この契約は切らない方がいいと言ってもらえ、協力してもらえています。
確かに、子どもたちにはかわいそうな思いもさせてしまいましたが……以前、偶然お会いしましたでしょう?
そのときに優しくお声がけしてくださったこと、子どもたちも嬉しかったようで、最近は理解してくれるようになってきたんですよ。
ですから、旦那様にはどれだけ感謝しても足りませんわ」
「それは……そう言ってもらえて、光栄だ。
僕も、ヴェデッドのような家政婦に担当してもらえて、感謝しているよ」
笑顔で返しながら、自分の浅はかさを実感する。
自分など、上っ面だけだ。
ヴェデッドがどんな背景の下、どんな気持ちで仕事に来てくれているのかなんて、考えてもいなかった。
自分のような人間は、気づかないところで、そういう人たちに救われて来ているのだろう。
そんなヴェデッドから情報を得ようとしても、出てくるのはアリシアの人の好い話ばかりである。
(もしかすると、アリシア自身も無自覚な内に何者かに利用されている、とかだろうか?)
その線の方が濃厚なのかもしれない。
「アリシアと本当に仲がいいんだね」
「ええ、あの通りの性格でしょう? 私にとって、かわいい妹のような娘なんです」
うふふ、と笑ったところで洗濯機に呼ばれ、ヴェデッドはパタパタと去っていった。
確かに、あの通りの性格であるのなら、ヴェデッドにとってはかわいくて仕方がないのだろう。
本当に、あの通りなのなら。
(くそ、尻尾が掴めん)
明らかに胡散臭いのに、別段何かしかけてくる風でもなく、ただぬるま湯のような時間ばかりが過ぎていく。
諜報活動としては、素人の方がましではないかと思うほど穴だらけなのに、背景が見えてこない。
一体、何が目的なのか。
組織だったものなのか、個人的なものなのか。
どこまでが本当で、どこからが嘘なのか……
「確かめるのも馬鹿らしいよなあ、もう……」
増えるのは、ため息ばかりである。
そうして、手をこまねいたまま、もう半年が過ぎようとしていた。
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